知的・発達障害がある息子との日常をメメントしています。 | ページ 4 | コネタノート

思うこと、色々

施設見学

2018.8.24

今日はPTAの研修で色々な障害者施設を見学に行きました。

「障害者施設」というと、障害者が日常の介護を受けるだけの所というように思っていらっしゃる方もあると思います。

今日見学に行った所は、日常の介護を受けるのもありますが、障害のある方に働く場・就労の訓練の場を提供している施設です。

障害の程度によってできることを見極めながら、仕事を(就労訓練)をします。

もちろんそこにはちゃんとお給料も発生します。自立して生活するためにはとても大切なことです。

うちの息子のような障害だと、恐らく施設のメンテナンスとか、部品の組み立て・仕分けあたりが無理なくできそうな感じがします。
少しですが対人スキルはあるので、簡単な接客や販売の仕事も、本人次第でできそうな感じもします。

親も情報収集。

あと3年位したら、どういった方向に進むのか考えないといけなくなります。ですが、
本人の意向はもちろん重視しなければなりませんが、どちらかというと私たち親(先生)が本人の適性を見極めて、 “できそうなところ、無理のないところ”に当てはめる…

だから、なんというか、「子どもの人生を背負いこんだ」感があり、 健常の子の親より責任が重い気がしています。(個人の感想です。)

今回訪問した施設はどこも、利用者さんの平均年齢が高かったので、 施設開所当時からいらっしゃっているのかな…とか思ったりしました。

そうだとしたら、その施設を選んだいきさつを親御さんだとか、 利用者さんの関係者の方に聞いてみたいなと思ったりしたのでした。


iPadすごいぜ

今日は「支援学校 教職員・保護者向け iPad活用講座」というものに参加してきました。

講座では初歩的な画像の加工と動画作成を学びましたが、ホントに直感的に操作できるように作ってあってびっくりしました。 (ジョブズ氏様様です。)
他にも、息子の学習や余暇活動に使えそうなアプリが沢山あることを知り、前向きに購入を検討してみようと思いました。

…とかもっともらしいような事を書いていますが、実を言うとiPad は私が欲しいんですね。(*’▽’)

現在、ペンが付属したモデルが出ているのですが、 ペンタブでイラストを描くのを断念した身としては非常に魅力的でして…。(単に不器用)

閑話休題。(・∀・)

日本語は「ひらがな」で入力するのが自然だと思う(個人の意見です)

さて、スクラッチを始めて気がついたんですが、、息子には、キーボード入力がネックになっているようです。
なんせ、ローマ字入力以前の問題なので。(苦笑) だから入力はもちろん「ひらがな入力」です。

不器用な特性も相まって、タイピング練習をしてもやっぱり指一本でポチってます。(こういう入力の仕方ををコロンブス・メソッドとか言うらしいです。何かカッコイイ。…けどやっている事はダサい)

iPadには、そういった「キーボード入力が苦手」とか、“困り感”を解消するための設定が沢山あります。
(アクセスビリティというそうです。)

今回購入した本はコチラ。

そういうのを活用して現在やっているスクラッチなどを余暇活動の一環にできればなぁと思います。
今日も自分から進んでテレビを消して「スクラッチする」とパソコンを起動させていました。今回は迷路ゲームを作る 練習で、かなり複雑なスプライトを頑張ってテキスト通りに組み立てていました。

何とかゲームを完成させてしばらく楽しそうに遊んでいました。

健常の子のように、テキストだけ与えて「やってごらん」というわけにはいかないので、親も勉強しないとです。(´-ω-`)

まなびのずかん 親子でかんたん
スクラッチプログラミングの図鑑
松下孝太郎・山本 光 著 技術評論社 2,580円

今回使用したテキストです。
手順を追っていくだけで、スクラッチの初歩が学べます。ダウンロードできる教材があります。
ただ、ちょっと本文の文字が小さいので、私のような老眼が入っている方には誌面が見づらいかも(個人の感想です。)


カサンドラ症候群のこと

2018.10.20

毎年、この日になると、松任谷由実の「誕生日おめでとう」が脳内再生されます。

今日は前夫の誕生日なんですね~。

こういう風に書くと、「死別?」みたいな感じがしますが、(多分)前夫は元気に存命だと思います。同い年なので、もういいオジサンに なっているだろうと思います。

ここまで書くと、もうお分かりかと思いますが、ユキノジはバツイチでして。1度目は大学の同級生と結婚し、色々と気持ちの行き違いで、3年経たずに離婚しました。

前夫との間に子供はいません。

離婚してしばらくして、今の夫と知り合い再婚しました。で、
授かった息子が知的障害・発達障害持ちでして、息子の事について色々調べて育てているうちにあることに気がついたのです。

「ひょっとすると、1度目の結婚をしてた時って、”カサンドラ症候群”だったのかも知れない?」

「カッサンドラー」
イーヴリン・ド・モーガン/画
Wikipediaより引用

画像は、

「カッサンドラー」
イーヴリン・ド・モーガン 画

Wikipediaより

カサンドラ症候群」というのは、ギリシャ神話に登場する、トロイの王女のエピソードが由来です。

太陽神アポロンに愛されたカサンドラは予知能力を授かります。ですが、その能力があだになり、自身がアポロンに捨てられるという事を予知してしまいます。捨てられるくらいなら、とカサンドラはアポロンを拒絶したので、アポロンは怒り、「カサンドラの予言は誰も信じない」 という呪いをかけられてしまいます。のちに「トロイの木馬」がトロイ市内に運び込まれた際、”これを運び込んではいけない、運び込めば トロイは滅亡する”と予言したにもかかわらず、アポロンの呪いのため、彼女の予言は信じてもらえず、トロイは滅亡してしまいます。

Wikipediaより

このエピソードから、、「カサンドラ症候群」とは、世間的には問題なく見えるアスペルガーの伴侶への不満を口にしても信じてもらえない 状況を言い、それによる身体的・精神的症状を表すようになりました。

※(診断名ではないそうです)※

息子を育てているうちに読んだ、発達障害に関する書籍の1つにそういう記述があり、それが前夫の行動とよく似ているなぁと思ったんです。

前の人のこと

前の夫は、まぁごく普通の人で、性格はやや押しが弱いというのか、優柔不断なところがありました。ちょっと自分の意見を 言うのが下手で、他人の気持ちを察したり、共感するのが苦手なのかなぁ位で、つきあっていた当時は特に問題があるようには思えませんでした。

ところが、結婚して一緒に暮らし始めると、問題が出てくる出てくる…。

何に関しても自分の意見や感想を言わないんですよ。正確には、言う事ができないというのか…。
「~したいけど、こうしても良いかな?」  「さぁ?」
「~なんだけど、どうしたらいいと思う?」 「さぁ?」

…いやいや、「さぁ?」じゃなくてね…、「俺はこう思うけど?」みたいなことも一切なくて。「さぁ?、分からない」・「別に」で会話が 終わってしまう。暖簾に腕押し状態。議論ができない。

「いや、それじゃ答えになってないんだけど?」と詰め寄ると、だんまりを決め込んでしまって膠着状態になって終わるのがいつもの パターン。こちらは「何で自分の意見が言えないんだろう?」とモヤモヤ。

ケンカとかしていなくても、しばしばこちらが傷つくような酷い言動をして、
「ちょっと、それはあんまりと違う?それ言われると結構キツイんだけど」とたしなめると、「何で?本当の事やろ?」と悪びれる様子もありません。

俺のお金は俺の物。生活費は全て私持ち。

お金の事でも、「今月は~でお金がいるから、あなたの分から予め〇円分取り置いとくね。」と言えば、「何で?俺が稼いだ金なのに?」と言い放つ始末。
だから給料は一切家に入れてくれませんでした。二世帯だったので、住居費が掛からなかったのが幸いでしたが。
元夫は給料の一部を義父母に入れていたようですが、あとは全て自分の遊興費(主にパチンコ)として使っていました。

では生活費はどうしていたかというと、全て私の給料(フルタイムパート)から賄っていました。だから毎月カツカツでしたね。なんか、ちゃんと結婚したのに、実質親付きの同棲というか、ヒモというのか…。

共感力がほぼ無い。

たまに私が体調を崩して寝込んだりすると、「あれ、ご飯は?作れないの?じゃああっち(義父母宅)で食べるわ。」と、お箸と茶碗を持って 同じ敷地内の義父母宅へ行くという気遣いのなさにも呆れていて、電話で実母や友達に愚痴っても「男の人はそんなもんよ」 と取り合ってくれないし。

私が悪いのかなぁ…。我慢が足りないのかなぁ…。とずっと鬱々していて、たまりかねてある時、黙って実家に帰ったんですが、安否確認の電話の1つもなく、そこで何かがキレてしまって離婚したのでした。

離婚した当時は、「どうしてあんなに人の気持ちを理解しないのか」と怒りの方が強かったんですけど、今となっては、「そういう特性だったとしたら、仕方なかったよなぁ…。」 と腑に落ちるようになりました。


現在、配偶者の言動に悩んでいる方は、当事者のブログなどもあるので、覗いてみられると良いかと思います。
「カサンドラ症候群」においては、どっちが悪いという事ではなくて、特性を理解したうえで関係性を見直すことが重要らしいので カウンセリングなどを受けるのも1つの方法でしょう。


さて、当時は今のようにネットが発達する前だったので、ガラケーのアドレス帳から削除してしまえば”友達かも?”なんてのが出てくることもなく、 気持ちを切り替えられたんで、それはそれでいい時代だったなあ…と思います。

離婚後、しばらくして何かバラエティー番組を見ていて、「あぁ、これよく見てたなぁ…。」と元夫にかけたのが最後の電話だったかな。
「あ、今俺も見てた。…こういうのは良く分かるんや?」
「まぁね。何となく見てるんじゃないかなって思って。」
「ふぅ~ん。…よう見とったよな。」
「だね。」
「…まぁ、元気でな。」
「うん。元気でな。」

こんな話をした後、ガラケーのアドレス帳から番号を消去したのでした。